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    夏期講習というものの裏側

    • 2016.07.28 Thursday
    • 22:24

    JUGEMテーマ:学問・学校

     

    あちこちで夏期講習が始まり、私の授業も明日からいよいよ始まるのです。(今年は途中の休みが殆んどなく、短期集中型の仕事になります)

     

    ところで、「夏は受験の天王山」と昔から言われるのですが、正直言うと、これは受験産業にとっての話でして、単価の高い受験生が夏期講習で4か月から6か月分もの授業料を払うわけですから、ここで大外しすると、1年の売上・利益が大きく狂ってくるのです。ですから、ここを逃したら受験の成功はない、とまで脅しをかけて受講させるのですね。

     

    私の大嫌いな「個別指導塾」なんかでは夏期講習だけで50万円以上はザラにあると言われています。時給2000円にも満たない、素人同然の教師に教えてもらうのによくそんなゼニを払うものだと感心することがありますが、子供の未来を、なんて殺し文句に騙される親が引きもきらないわけですよ。子供は自分以上にならないと思えば、少しは冷静になれるのですがねぇ。営業するほうは親子の顔が福沢諭吉に見えていますって。

     

    さて、受験生にとっては、各科目ごとにきちんとテーマ・目標を決めてかかるのがいいのです。中高大どの入試でも教えるほうは自分の担当教科の重要性を説くのですが、全教科に全精力を注ぐなんて、教えるほうだってやったことないのですし(できる人なら塾屋なんてやっていませんって)いくら夏休みが長くたってやり切れません。つまらん学校の宿題もありますし(どうして読書感想文が宿題に出つづけているのでしょうかね。私の子供時代からですから、少し工夫があってもよさそうなもので…)この時期にburnt outさせるわけにはいかないのです。

     

    国語なら漢字を完全マスターするとか、数学なら関数に自信を持つとか、英語なら単語を覚えるとか…。つまり、何か達成感を持たせて夏期講習を終わらせるということが秋につながるのです。

     

    いくら詰め込んでも学校が始まれば、数か月のうちに教えたことは雲散霧消してしまうことが多いのですから、時の経過があっても色あせない「厚塗り」したところをひとつでも作っておくということが「つながる」ということなのだと思うのです。

     

    それ以上に、「考える」時間がたくさんあるのですから、ひとつの問題を徹頭徹尾考えて答を出すなんて作業をすることも必要じゃないでしょうか。自動販売機みたいに押したら答が出てくるのではなく、ありとあらゆる「頭の引き出し」を総動員するというか、「アタマの虫干し」をする、こんなことをやってくれる教師と出会えたらこの夏はいい夏だったと言えるのではないかと。

     

    ぶっちゃけた話、夏休みを部活だなんだで潰してしまった生徒でも、何とかなってしまうが昨今の受験事情でして、特殊な勉強が必要な中学受験や(これが存在する限り塾屋がこの世から消えることはないでしょう)、内申書が必要な公立高校受験を除き、半年、いや3か月あれば、よほどのバカでない限り、そうそうひどい結果にならなくても済みます。

     

    でも、思考力はさすがに凡人が数か月で身につけるのは難しいかと。

     

    その意味で、夏期講習で私に教えられた生徒に「本当に疲れた」と言わせしめれば、私の夏は成功なのであります。

     

    なぜ自分で塾をやらないか

    • 2016.07.20 Wednesday
    • 03:22

    JUGEMテーマ:学問・学校

     

    前職時代の知り合いが、最近塾を始めました。私が前職を去ってから7年ほどの間に、自分で塾を始めた知り合いは4名ほどいまして、(その中のひとつが高校生をやっているので出講しているわけですが)中には2年目にして中学生だけで3ケタ以上の生徒を抱えているところもあります。


    私も前職を退職した当時は、知人・友人から自分で塾をやらないのか?と聞かれたことがあるのですが、私は、はなからそんな気はみじんもありませんでした。

    いい塾であれば、教師も働いてやりがいを感じているし、生徒も集まってくるというのはほぼ確かなことです。ですから「いい塾」を作れば正の歯車が回って、教師も生徒もwin-winの関係になるのです。ところが、この「いい塾」を作る自信が私にはなかったのです。

    ちなみに「いい塾」の定義は授業料が安いことでも合格実績が高いことでもありません(授業料を安く見せて、あとで数多くのオプションを取らせたり、合格実績なんかいくらでも『ズル』はできます)。教える側が無理をしても続きませんし、だからと言って時間から時間だけ教えてハイさようなら、では生徒も何のために来ているのかわからんのです。

    結局、教える側も教えられる側も真剣勝負を挑める場でないと、ブランド先行の塾には勝てません。

    それは教えるといった意味での「良さ」であって、経営となると話は別になるのです。他人を雇うとなると、そいつの人生まで背負わなければいけませんし、長く働いてもらうためには自分ひとり細々と食っていければいいというわけにもいかないのです。特に若い人にとって、これから自分の職場が大きくなり、それに自分も参画できるといった未来への『夢』が働くモチベーションになるのです。

    つまり拡大戦略がないと、数年毎に頼りにしていた中堅・ベテラン職員に逃げられ、教務力低下とともに生徒を減らし、振り出しに戻らざるを得なくなるのです。こうやっていつまでも大きくなれず、ついには消えていく塾がいくつもあります。

    となると、経営者としては拡大戦略のために生徒も増やす、売上も上げるといったことをせざるを得ません。それを思うと、先ほど申し上げた「良い塾」の姿と相反することも経営者としてしなければならないのです。


    正直、前職でそれを嫌というほど目にしてきましたし、立場上、クソみたいな、たいして価値の無い商品(特別授業や合宿など)の売上を出さなければならないとうことが、最大のストレスであり、そのひどさ加減に愛想つかして辞めたのですから、もう同じことをやりたくない、というのが本音だったのです。

    つまり、自分の良心に従って生きようとすれば、企業として成り立たず、企業として成り立たせるためには最初から拡大戦略をとらねばならず、まだ息子たちが大学生だったので、大きなリスクは取れない、そんな理由で最初から選択肢になかったのです。退職後、私が足の病気で長期入院したり、妻が脳梗塞になったりで、結果的にリスクをとらなかったことが正解になったわけですが、開業した知人たちは、いろいろそうした「しがらみ」が無かったので、清水の舞台から飛び降りることができたのでしょう。

    ある意味でうらやましいとも思うことがありますが、これも人生です。巡りあわせが悪ければどうにもならんのですよ。彼らの成功を切に祈っていますので、私でもよければ何時でもお手伝いに伺いますけどね。この歳になると、いくら稼げるかより、どれだけ好きにやらせてくれるかのほうが大切なんで…。私が楽しめればいいのですよ。

    少しお休みをいただいております

    • 2012.01.29 Sunday
    • 22:34
    一昨日、妻が軽い脳梗塞症状を発し入院しましたので少しの間更新をお休みさせていただいております。幸い命には別条ありませんが、他の病気が原因であるらしく、2週間ほどの入院が必要になります。ブログのほうはなんとか2月にはいったら復活したいと思っています。

    お送りするものはきちんと発送しますので、安心してお待ちください。

    以上、よろしくお願いいたします。

    いまどきアルファベットを知らない小学生がいるのか

    • 2011.04.14 Thursday
    • 02:08
     


    私は、英語の教師を長くやっていまして、始めたばかりのころは、中学1年生になりたての生徒にアルファベットを教えても、それなりに意味があると感じてはいました。しかし10年ほど経って、バブルの盛りの頃になると、それに時間をかけるのは次第にもったいなく思えるようになってきました。たぶん、日本全体が豊かになって小学校時代に塾・英会話などで英語を学ばせる機会も増え、通信技術の発達とともに子供たち全体が多くの情報に触れることができるようになってからかもしれません。(もちろん、当時は小学校で英語の授業はありませんでした)子供の数もいわゆる団塊ジュニア世代ということでかなり多い時代でもありました。

     

    ですから、私立中学などでは入学前にアルファベットは書けるようになってくるのを課題とするところが多くなったのもこの時代からでした。でも、相変わらず公立中学校は4月いっぱいアルファベットを授業でやっているところが多く、私は、これで英語を好きになれというのが難しいとさえ思ったものです。

     

    2011年から小学校でも英語を必修化するようですので、こうした事態は避けられるかとおもいきや、アルファベットもわからない、人称代名詞の変化も知らない、九九もできない大学生がいるという記事を目にしました。

     

    九九はあり得ると思いましたが、さすがに6年間やっていてそれはないでしょ、って言いたくなりました。

     

    どうしたのかと思いをはせると、彼らが義務教育の中心であった時代はバブルが崩壊し、いわゆる失われた10年という時代でもあったわけです。この時代の特徴は中流層が崩壊し、多くの家庭が従来のように学校外教育にお金をかけられなくなってしまった時代と一致します。たしかに、授業料をダンピングすると驚くほど生徒が集まってきた時代でもありました。(そのかわり、質は大きく落ちましたけど…)

     

    それに当時の公立中学の英語授業は週3時間だけだった記憶があります。さらに、そのころから推薦入試が幅をきかせはじめました。ですから試験範囲だけ頭に詰め込んで内申をとれば、大学まで無試験で行くことができるようになったのです。

     

    こうして考えると、どんどん子供をバカにするようにしか動いていない気がするのですね。知識は情報であり、情報は生きる道を決める大きな要素です。どうもこの国は、スポーツ馬鹿のほうが勉強ばかりしている生徒より優れていると語る風潮がありますが、言っておきますが、野球やサッカーがいくら強くなったって、私たちの生活が良くなるわけでないし、今度の原発事故のように、情報弱者と貧乏人が最後まで汚染地域にいさせられたわけですから。

     

    そういうことを知られるのがマスコミも含めた権力者には一番嫌なのでしょうね。

    子供を国公立大学に行かせるためには

    • 2011.03.30 Wednesday
    • 01:39
    「自宅浪人のすすめ」シリーズがかなり続きましたので、今日はひと息。

    旧帝国大学や一橋大学など、国公立では最難関と言われるところは別として、子供にはそれ以外の国公立でもいいから行かせたいという方が多いのではないでしょうか。不肖私もひとりの親としてそう考えておりました。

    幸い、長男・次男とも後期試験にようやくひっかかる形で、国公立大学の学生となっているわけですが、国公立に行くための原点というのは、高校時代ではなく、小中学生の時にあるのではないかと強く思うようになっています。

    先に述べた大学以外はセンター試験の比率がそれなりに高いところが多く、センター試験を行う1月末段階でほぼ大勢が決してしまうことが多いのです。

    いわゆる難関大学ではセンター試験では選抜に耐えるレベルでないから比重も低いわけです。そうであればそれ以下の学校はセンターレベルでいいのですか?って思いませんか?

    私もいろいろ考えてみたのですが、おそらく、そのレベルの大学はセンター試験という多数科目の勉強をムラなくできる能力ある学生が欲しいのではないかという結論に達したのです。まんべんなく成績が取れる学生が学力ばかりでなく、人間的にもバランスが取れているという信念みたいなものが霊視されますけどいかがでしょうか。特に教員養成系学部に関しては、そういう傾向にある気がします。

    となると、求められる生徒像が見えてきませんか?中学受験では算国2科校でなく4科校、高校受験では私立型3教科入試より都立型5教科入試、それを経てきて大学受験に向かう生徒です。さらに言えば、その多数教科に中に苦手科目があったら合格できない、あるレベル(公立だったら学区トップ校もしくは2番手校まで)でなければいけない、ということになります。

    私はかねがね大学受験は15歳で決まると言っていました。それはこの段階である程度の学力と問題処理能力が完成していなければ、大学受験のレベルに対応できないということだからです。内容が違うという連中も多いのですが、そういうこと言う人の多くは、両方の教育内容を知らない人です。使うアタマは同じなんです。

    今さら手遅れとか言っている人もいるかもしれませんが、勉強に手遅れなんてありえませんから。学校で必修になっている科目であれば、一通り学んでいるわけですから、いくらでも取り返しがききます。化学を選択していないで、独学で化学を勉強して合格した生徒もいるのです。高校でやることなど、現実の学問の分野では古典であることの方が多いのですから。

    社会人になれば、独学で国家資格を取ったりするわけですから、この程度で泣きを入れないでくださいね。

    次回から、再び「自宅浪人のすすめ」シリーズを始めます。

    塾にはいつ入れたらいいのですか?

    • 2011.02.24 Thursday
    • 01:56
     これは永遠のテーマです。塾の側からみれば、できるだけ早くから来てほしいわけでして(笑)、かくいう私も前職時には、「早く来たほうがいいですよ」なんて言っていましたっけ。

    結論から言うと、いつでもいいのです。もちろん常識的な範囲ですけどね。不思議と小3から塾に来ている生徒で中学受験全滅っていう生徒がいなかったり、妙なジンクスはありますけど…。

    遅い生徒では中3の12月に近所の補習塾から中央大学付属高校に行きたくなったと入学してきた子、小6の8月に早実に行きたいと入ってきた男子生徒、高3の12月に入ってきた学習院希望の女子生徒なんていうのがいました。その他にもいましたが、全員合格しました。

    その子たちは特別に頭がいいわけではないですよ。最初の女の子なんか、「私だけできない」って毎日泣きながら宿題やっていましたし、本番の数学も20点。英国で稼いだようですが、親も合格発表を見に行かず、ネットで娘の受験番号をみつけ、電話かけてきて「これって合格ですか?」

    最後の子も私が英作文添削で「オマエの英文は狂人の寝言」と言って泣かしましたから…(笑)。

    唯一の共通項はみんな集中力だけは切らさなかったことと、運動部(小6の子はリトルリーグ)や厳しい吹奏楽部出身だったこと。

    教師の方も妙な常識があって、これだけ量をやらなければ合格できないってスパルタ的なところがなかなか消えないのですよね。短期間にやる暗記中心の学習ではそういうふうに短期間に大量の問題をシャワーを浴びるように解くという作業(これは作業です)が必要になります。これは長期間やるものではありません。

    でも、記述問題など考えさせる問題が多いところは、いかにアタマを柔軟に働かせるかがキーになりますから、別の要素が必要となるのですね。ですから、公立中高一貫校に合格する生徒で1年以上塾にいる子は少数派ですし、高校入試でも本当にできる子は高1から塾には行きません。

    こんなこと言っちゃっていいのかと思うのですが、「馬を水のそばまで連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」というのと同じで、結局本人に意欲が無ければ授業料は無駄になるのです。

    中学生以上は決して親主導にならないようにしてください。

    図書館で、ある中3生を霊視すると…

    • 2011.02.07 Monday
    • 00:58
     図書館で私の隣にすわった中学生の女の子。オジサンが妙に女子中学生などに興味をもつとヘンタイに思われるイヤな時代ですが、気になったのは彼女の持っていた手製のトートバッグ。ピースマークが大きく縫い込まれていたのです。

     

    ピースマークって知っている人はもう中年以上しかいないのではないでしょうか。鳥の足跡みたいな3本線をかたどったマークです。60年代に大きく流行したものでしたが、こんなところで出合うとは思えませんでした。というより、「こんなもの」なんていうと大変失礼ですが…。

     

    急に私の心の中になつかしき中高校生時代を蘇らせたのです。10日から試験なのにヘンなオヤジが声かけたら、前述のように危険視される時代ですので、尋ねたりすることはありませんでしたが、次のように「霊視」してみたのです。

     

    まず、これを与えたのは、母親ではなく、祖母ではないかと。中3の母親って言えばだいたい年齢的には40歳代。このマークが流行している時代を知らない世代です。そしてさらにその母親と言えば60歳代後半から70歳代。ちょうどこのマークが流行ってファッションになっていた時代に青春を過ごした世代です。

     

    となると、おばあちゃんと同居していて、おばあちゃん子の可能性がありますねぇ。少し色あせたところがあるバッグだったので、きっと中学校2年ぐらいから使っているのかもしれません。それを大事に使っているのですから、ものを大切にするよう躾けられているのかもしれません。世代間同居というのはそういういい面もあるのです。

     

    この年頃の女の子にしては珍しく質素なバッグを使っていますし、使っている筆記用具もシンプルなものばかり。(下敷きがワンピースなのには妙にホッとしましたが)携帯出してメールをチェックするわけでもなし、ウォークマンで音楽を聴きながら勉強するわけでもない。いまどき珍しい中学生だなと思った次第です。(はっきり言わせていただければ、図書館の中学生がいちばんタチが悪い)

     

    びっくりしたのは、私が食事から帰ってきたら、図書館前の歩道わきにある生垣に腰をおろしてパンをかじっていたこと。友人と一緒というならわかりますが、中学生の女の子がひとりで歩道わきでタマゴサンドパンをかじっているのをみて、親が意外とかまっていないような家庭か本人自体が意に介していないのかもしれません。

     

    一般論的にいえば、そういう家庭というのは、経済的に貧しいところが多いのですが、時に女の子に「らしさ」を要求しない家庭や質素であることを方針とする家庭もあります。この子の家庭は後者だろうと確信したのが、そのバッグから次々出してきた教材です。

     

    某有名女子大学付属高校の過去問題集でした。たぶん志望校なのでしょう。私も知っていますが、かなり難しいですし付属ですから授業料も高いです。そうであれば、貧しい家庭という結論は成り立たないですね。

     

    ただ、驚くのはそれ以外の教材。このレベルの学校を受けようというなら、だいたい塾関係の教材が出てくるのですが、塾名の入ったそれらしいものはありませんでした。それどころか「全国高校入試問題正解 数学」なんてものを取り出してやっていましたから。ひょっとしたら、独学で勉強しているのではないでしょうか。7時間ぐらいいる間に国語文章題・漢字・数学文章題・計算問題・英語長文問題・英作文問題等々と順番にこなしていき、きっかり17時に帰って行きました。

     

    傍で見ていて、これだけテキパキと片付けていくのは、相当アタマが良いのではないかと(問題ができるのとは別ですが)思いました。こういう子なら塾なんか要りません。ヘタに行かせたら「角を矯めて牛を殺す」の愚を犯すところです。それをわかって塾に行かせなかった親であれば、これも子供を見抜くことができる素晴らしい親だと言わざるをえません。

     

    元塾屋から言わせていただければ、しっかりした計画と強い意志があれば、塾なんて行かなくても何とかなるのです。大きな声じゃ言えませんでしたけど…。

     

    そんなことを霊視しながら、思い出したのはいま最年長の独身女性教え子のこと。そういえば彼女も、同年代の女の子が関心を抱くものには興味がなく、マイペースでした。ちなみに成績はオール5。結婚なんて世俗のことにも興味を示さず、いまや教え子の中では出生頭です。

     

    今日見かけた子もひょっとしたらそうなのでしょうかね。大きく羽ばたいていってほしいものです。

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