フリースクールへのボランティア

  • 2015.05.10 Sunday
  • 17:46
JUGEMテーマ:学問・学校
最近、親の収入格差と子供の学力差に相関関係にあるというニュースを耳にして、母子家庭で育った私は何とも言えない苛立ちを覚えるのです。

かつて、一億総中流と言われ、親の収入格差もそれほどひどくなく、学力差は文字通り「自己責任」と思われてきましたし、私も長くそう思ってきたのです。塾に通う生徒も少なく、通っていても塾自体の教務力が低かったため、塾はできないから行くものだというイメージがあったのです。

ですから、私なんか母子家庭で塾とは縁がなくても、それが大きなハンデとなることはありませんでした。(尤も、今思うと、そのおかげで随分と無駄な努力もしたので有りあますが…。
しかし、団塊ジュニア世代の受験、度重なる入試制度の変更、少子化に向けて収入とブランドを維持するための学校側(特に私立大学)の入試の多様化等々、もはや個人では対処できないまで複雑化してしまいました。塾という情報発信源に近づかないと、すぐに情報弱者の仲間入りになってしまいます。
また、公立復権の錦の御旗のもと、公立高校入試でさえ、トップレベルの学校は普通に学校の授業を受けただけでは太刀打ちできないまで難しくなり、同じ才能を持つ子であれば、対策をしてもらえる生徒の方がダントツに有利であるということは周知の事実です。国公立大だって東大生の親の年収は一般サラリーマンの年収の1.5倍ほどもあることに代表されるように、貧しくても優秀な学生は国公立大学に行けばいい、なんていう単純図式さえ消滅してしまいました。あまつさえ、在学中留学を必須とするなんて馬鹿なことをいう大学まで出てきましたので、よしんば貧しくても国公立大学に入っても、学生生活を続けられなくなる可能性まで出始めているのです。

超一流大学卒の連中がしたり顔に語る「学歴だけが人生ではない」という言葉の中には、もはや貧乏人は才能の有無を問わず高等教育を受けなくてもいいという悪意が込められているとしか思えません。
人生の第3コーナーを回っている自分は、自分の受験指導経験をゼニを得るために使うばかりでなく、「磨けば光る」貧しい原石たちを磨くのにも使ってみようかとまで思っています。未来を創るのは金持ちだけではないのです。意欲と才能があれば、どんな道も拓けるといったダイナミズムを失ったら、この国は本当にダメになってしまうと思うのです。
少しは「老後」の楽しみが見つかったような気もしました。


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